くうきのじかん

整体からあらわれてくるもの、こと。

2011.10.4 火曜日
「相応」
冬の始まりは、失うことの実感から現れます。
体から水分が、心からは活気が、まるでいちどに潮がひくように、かき集めて奪う様に、急速に失われていきます。
今年はじめて、体から水が失われていく過程を実感し水をとることの必要性を改めて感じています。
秋の充実がますます深まる中に冬の景色が現れる今、
心が感傷的になることも乾きにあり、真っ白くなるまで、全てが冷えきるまでは
潤し続ける活動を続けてゆきましょう。

2011.7.21木曜日
「またたき」
届きはじめた光は予感していた以上に明るく、透明です。
まだ生まれて間もなく丈夫ではありません。しかし既に方向が決まっており、意志を持っています。
夏至が過ぎ、真夏があらわれても、沈黙が静かに横たわっていて、
乗り越えていこうという人間の新しい意志をまだ受け入れてくれる様子はありません。
精度を上げて、注視していくこと。
働いて働いて、働きかけていくこと。
汗を出し切るところまで出し抜く必要があります。
体を空っぽにする季節は、いまが本番です。そして一瞬で終わりを迎えます。

2011.4.29金曜日
「明空」
初夏を迎えた昨日、やっと、地震の体が抜けていきました。
風が南からやってきて汗をかく様うながしています。強い生命力を木々や山々が歌い始めています。
愉気(ゆき)、といって体に気を通すことで元気を呼び起こす方法を整体では行うのですが、
その際気の感応を利用するため、人の気を観ていくことになります。
その、人の気の質が、地震後がらりと変わってしまったと感じています。
感覚でいえば、まるで怪我をした時のかさぶたの様で、印象は静かで黙っているのですが、
その奥に深い深いなにかが沈んでいるのです。
回復のきざしはあるけれど、光が足りない。深い深い、なにか、に届く光がまだやって来ていないのです。
しかし、忙しく形を変え、幾層も重なりあう雲の動きのそのはるか上で紺碧の空がぽっかりあらわれてくるのでは、と予感しています。
なぜなら人の気が変わったと同時に、愉気の質も変化したからです。
そして新しい愉気で感じる自然の気に、夏の太陽と不動の青空が在ることを実感しつつあるのです。

2011.3.30水曜日
「影響」
3月2日、午後より右のろっ骨に違和感を覚えました。
整体は相互作用がありますから、どなたかの気の状態かと感覚を巡らせるのですが、思い当たりません。
日に日に痛みが増していきます。活元運動を行いましたが、
引っ掛かった様なすっきりしない感覚がつづき、5日程過ぎました。
激しく咳き込み、胸椎789と硬直しています。ますますろっ骨間の痛みは増し、食欲も減り、睡眠も減りました。
3月10日、ちょっとした、焦燥感がわき、幾つかのメールを書き、
寝床に着くと翌朝には自らの左手が右の鳩尾とろっ骨に愉気をしたままの形で目覚めました。
3月11日自宅にいましたので、地震の揺れを感じたときは、すぐ犬と猫を小屋に入れ、激しい横揺れの長さに右往左往し、
とっさに正座をして、鳩尾の禁点を探しました。
なんにもなかったので、ほっとして、すぐテレビをつけ、
携帯電話をかけ家人に留守番電話をいれました。テレビ画面から運ばれてくる波は、
全てを飲み込むところで、体の中に流れ込んでいくようで、そのとき、
ふとろっ骨のことを思い出すと、痛みはまだありますが、硬直が抜けていることがわかりました。
これだったのか、ときづきました。この痛みの経過を現在見続けています。

2010.12.15水曜日
「運ばれて」
季節を感じるのは、景色からだけではありません。
先日は、本格的な冬の予感を、ある方の体のなかにみつけました。
まっしろいゆきうさぎの様にうずくまる気配は、気温に関係なくやって来るものはやって来るのだと、
自然の力がち密で、隙の無いものだと実感しました。
冬至が過ぎれば北風もやってくるのでしよう。もっともっと冷え込む力を、
引き締まりに変え、新しい計画を温めることに使っていこうと考えています。

2010.11.9火曜日
「つながる感覚」
ある日、目について気になる事がありました。
目が疲れている理由は様々ですが、もう一歩入って、目を疲労させる働きはなにかと考えていたのです。
数日そのことをずっと心に残しておき、整体を行っていました。
すると数日後から、その時いらっしゃる方々への対処の中になんとなくだった「目」、についての役割の様なものが浮いて出て来ました。
関係するところは違っても、働きとして現れる感覚器と体の部分。
「目」についていえば生殖器の発育や股関節の問題、骨折との関係。
実際に体の中から現れる出来事を感じ取ることの大切さを学ばせていただいています。
現状、「目」についてはだいぶ働きのつながりを意識できるようになりました。ありがとうございます。

2010.10.7木曜日
「思い出す力」
忘れる能力は、体によって得意不得意はありますが、機能として持っているものです。
しかも丈夫であれば自然にある一定の時間が経過すると忘れていけます。
しかし忘れたことを思い出す力は、覚える機能に勘が加わる、ちょっとした変換が必要な能力です。
何かのきっかけにさっと蘇る感覚は、必ず体にとってとても重要なことが多い。
なぜ思い出したのか。
おいかけていくと、様々なことが現れ、興味がつきません。

2010.8.6金曜日
「そうしようとする」
意欲はおもしろいものです。
何の根拠もなく、何の原因もなく、何の役割も有りませんが、
「そうしていこう」と方向付けるとその事自体で現実が動きはじめるのです。
自分に期待や責任を負う、決意とちがい、ふっと感じられるもの。
今なら、それはただ気の動きとしか説明ができない出来事です。

2010.7.16金曜日
「機能」
自分の力で考えることはからだ全部をつかうことです。
かんがえる、には頭をどう使っているか、をまずみていきます。
自分のもっている頭がどう動いているかをみて、その使い方を観察します。
感覚器の集合体ですので、反応が自動的に常に起きています。
まず注意しなくてはならないのが、自分の生命を守るため、
頭の判断は常に、自己を正当化し、自己中心的に働くことです。
ここから生まれた個人尊重の考え方は、これをより強いものにします。
しかし機能はそうであっても、活用法を変えていくことで現実に対応出来る頭の働きが出て来ます。
自分の力で考える能力は、機能を超えます。新しく創られるのです。
頭という機能を持たない生き物をみれば、環境で体に役割として必要なければ、いらないものなのかもしれません。
体全体でものごとをつかむ。生きていることはそのことのみです。

2010.6.25金曜日
「いいきる」
なぜ断言するのか、とたずねられることがあります。
そのうらには断言された相手の中に抵抗があります。
言葉の上には思いを明確にする力はありません。発した言葉にはあまり意味はありません。
重要なのは言葉の中の勢い、つまり、気のあらわれ方です。
断言は終わりをあらわします。いいきって、相手の気を終わりにさせるのです。
いいきるとき、それは、言われた相手の不決断を指しています。

2010.6.1火曜日
「うそ」
嘘と言う道具は量に比例して感覚を鈍くさせます。
からだにたまるのです。
見栄のため。正当化のため。逃げるため。嫌われないため。好かれるため。
うそのなかには本当がかくれています。
あなたが嘘をつくとき、そこに本当がかくれています。
嘘をやめてみるとわかります。

2010.5.20 木曜日
「ずっと」
ずっとやり続けていることがあるのなら、それが仕事のはじまりではないでしょうか。
わけもなく、寝ても覚めても、体にくっついて離れないもの。
自分の問題としてありつづけるもの。
問いつづけることが新しい仕事をつくり、
新しい関係をつくりだしていくのではないかな、とかんじています。

2010.5.12水曜日
「風邪の見方」
風邪について、観察を始めています。
水が関係あるのでは、と思い始めています。
風邪の質と、水をとることがどう関係していくかまだまだわからないのですが、
昔ほどみな水を飲まなくなっている(日本において)こと。エアコンの空気、建物内外の温度差と乾燥。
地域によっての違いはあるものの、年単位の観察が必要だなあと実感しています。
こんな風邪をひいています、など教えて頂けると有り難く参考にさせて頂きます。

2010.5.1土曜日
「あるかないか」
物事を理解しようとするとき、一つ一つの出来事を確認する作業があります。
体の変化を観ていく場合、なぜこんな状況にあるのか、を丁寧に観ていかなくてはなりません。
そのとき必要になるのが、「あるか、ないか。」という確認方法です。
整体を例にあげると操法の行い手は、受け手の状況の中の情報を常に感じ取りつつ、
必要としない相手へのアプローチを捨てていくのです。
今行っている相手への働きかけは、整体であるのか、ないのか。
判断と行為が自問自答と同時に行われていくのです。そこに理解が生まれます。

2010.4.2金曜日
「未発達」
体を観察していくと、ひとりひとり、のびのびと成長している処とどこか行き場を失っている処を観ることがあります。
子供の場合成長が激しいので、成長速度が追いつかないことからバランスを崩すことはありますが、
このような処はまだ見られません。
ふしぎですがとりあえずここまで、というところが大人の体にはあって、
だからといって終わりでは無く、いつでも変化する可能性をひめているのです。
「育ち残し」は可能性の様に感じられ、生物の自由を実感せずにいられません。

2010.3.5金曜日
「頭と皮膚」
頭は沢山のエネルギーを必要とします。神経の固まりでできていて、感覚器の最前線です。
皮膚はこの頭の使い方にとても大きな役割がある様にかんじています。
皮膚と脳の繊細さは似ている所があり、刺激に対する反応の早さもおなじです。
頭の過敏なこの季節、積極的に皮膚感覚を使うと、脳の負担もすこし余裕が出て来ます。
具体的にはまず汗をかくこと。日光浴。そして、ふれること。
ゆっくり、目をつぶり、様々なものにふれてみてください。
その後ゆっくり呼吸すると、皮膚感覚が敏感になり、行動力が出て来ます。

2010.2.10水曜日
「げんき」
元気はふしぎなものです。とくに関係によって生きたり死んだりする人間の活動において
常にその姿勢で変化し、意志ではどうにもならない力を持っています。
元気は心の奥深くと関係していて、本気で呼び掛けると物凄い力を発揮します。
周りに元気の無い人がいたら心からよんでみてください。呼び続けると、かならず伝わります。

2010.1.4月曜日
「過敏」
ひとつのことを事実よりも大きくとらえる傾向が体にあると、それは過敏な反応としてあらわれます。
興味深いのは一見反応の激しいこの状態の人は感受性も豊かにみえるのですが、実際はある面とてもにぶいのです。
体のどこかひとつの処に鈍さをまとめてもっているようで、物事をキチンととらえるのが不得手です。
問題は体がうける刺激に対する反応の速度が、「速いか、遅いか」に関係しており、
遅くともしっかり感じとる力のある人は一見にぶい様に見えても安定したち密な感受性がかんじられます。
ものごとをしっかり感じとる力は速度の早さ、反応の早さではなく体の使い方のバランスがとれているかにあるのです。

2009.12.6日曜日
「待つじかん」
待つことができるようになると、時間に対しての見方が変わってきます。
すべての出来事の時間において、必要な期間があり、また変化が起こる機会はそこから生まれてくること。
充実ということは、過程においてもっとも大切な時期です。待っているこの時間を味わいたいと感じています。

2009.10.21水曜日
「あゆみ」
歩くことほど、からだにたいしてやさしい行動はありません。
ただあるくこと。はてしなくあるくこと。
自分のリズムを理解するためにただひとり歩く。
てぶらで、目的をもたず、くたびれて頭が働かないくらいの時間をじっくりかけること。
自分でおこなう整体です。

2009.10.9金曜日
「不注意」
体は日々刻々と変化しています。環境に対応する動きが常に起っています。
環境も常に変化しています。つまり相互に影響しあっていて、動いています。
不注意が働くとき、失敗や事故が起ります。不注意は相互の影響で対応出来ないとき働くのです。
環境に求められている動きと、自分の動き。関係がうまく流れているとき、流れていないとき。
自分の動きを見続けることが、不注意をおこすこと自体をかえていきます。

2009.9.29火曜日
「関係」
人間ということばは、ひととあいだと表現されています。
あいだという 存在は目に見えませんが、全ての関係を作っているものではないだろうか、と感じます。
整体の関係性は一方的なものではなく、相互作用です。
治療でもなく、伝えることでもなく、指導でもなく、教えることでもありません。
ただその関係においてお互いを理解し学ぼうとする謙虚さと、素直さが大事です。
だれか、ではなくあいだ、から生まれてくる関係は常に新しく、創造的です。

2009.9.11金曜日
「理解」
観察することが整体の仕事です。
観察のためには「理解の仕方」をみつめていかなくてはならないのですが、
ここで問題になるのが「理解する速度と時間」です。
速度は反射に関係するので、体の構造と体質がありますが、時間はとても判断が難しいところなのです。
本人の生き方そのものといっていいかもしれません。現在進行形の中で、気づくこと。
時間についてはまだ始まったばかりのような気がしています。

2009.8.24月曜日
「おもい」
「思う」ことは意志がありません。今まで気づくことなく「おもいます。」 という言葉を使って来ました。
しかし思いは浮かび上がるもので、決してはっきりと自覚出来ることではないのです。
おもいはたしかに、おもい。
入り交じっていて整理される前の、荷物の様なもの。
可能性も含まれるこの「思い」を明確にして行く作業は沢山のことが学べそうです。

2009.8.4火曜日
「すなおの効果」
ものごとをすなおにうけとる。年令を経るとなかなかできることでなくなります。
すなおにうけとるこういはしかし、体からすると、丈夫に成長していく鍵なのです。
こどもは本来すなおです。成長するエネルギーは、抵抗などものともせず、ぐんぐんいきるのです。
すべてを素直に受け取ってみましょう。
結果傷ついたとしても、じょうぶであればわすれていけます。すてていけます。
またあたらしいあしたがやってくるのです。

2009.7.25土曜日
「不安」
不安はやってくるものです。漠然としたものや、焦りから生まれるもの、
寂しさからくるもの。恐れからくるもの。
「不安」を「きざし」ととらえてみましょう。
もっとじっくり不安と接すると、体からの予感であることに気づきます。
方向性を指し示すもの。変化が必要であるときに起こるのが不安です。
動くこと。動くと、不安は消えます。

2009.6.13土曜日
「聞くこと」
腰が「かたくな」ると、一番特徴的なことが起こります。
それは耳が聞こえづらくなることです。もっというと、人の話が聞けなくなってくるのです。
老化とともに「かたくな」になるのです。
ある時期それを無意識に感じてか、人は急に歩きだすのです。
老化の大切さは「ゆとり」をもつ力ができてくることです。それは歩くことから始まります。
誰も話を聞いてくれない、わかってもらえないと感じたら、まずくたくたになるまでひとり、歩きましょう。
ぐっすり眠って起きたら、様々の音のなか、自分が生きていることにきづくはずです。
聞こえて来たら、「ゆとり」がそばにあります。

2009.6.2火曜日
「事実からの出発」
現実を素直にとらえる行為にはとても注意が必要です。
なぜなら人間は個人の都合の良いように現実をとらえようとし始めるからです。
まず事実を事実としてみる。事実には変化はありません。
事実を見る対象者によって解釈がかわるだけなのです。
整体では事実を見つめてもらうことが、からだの変化をスムーズにします。
現実を受け入れることができなければ、変化は始まらないのです。

2009.5.17日曜日
「終点のわからない」
わからない、と感じるとき、本当に物事に対して理解出来ないと感じているのでしょうか?
考えることに本気で取り込もうという姿勢は「わからない」を超えていくようにおもえるのです。
すぐに結論を出すこと(即答)や、考えること自体をやめてしまうときにこのことばを使っているようならば、
それはわからないのではなく、わかろうとしない、意欲の問題ではないでしょうか。
無理解を自分がどうとらえているのか、問題への関心の高さ、批判や、言い訳にしていないか。
見つめていくことは責任をともなう行動だと思います。

2009.4.17金曜日
「うつくしさ」
ふと気づく美しさがあります。桜の花も散って新緑の芽もあわく、しかしとてもまぶしく感じられます。
日々の生活の中で忙しくしていると、「忙しい」の字の通りこころをなくしてしまいそうです。
今日感じられるうつくしさ、体をしみ通り、通過していくような初夏を感じてみましょう。
感覚全てに開放的になること。そして感受性を残さないこと。たいせつです。

2009.4.6月曜日
「やりたいこととできること」
やりたいことのなかにはやりたくないことがかくれています。したいしたくないは欲求です。
欲求がたくさんあればそれだけエネルギーがありあまっている証拠です。 (子供はそうですね!)
どうやったらそのエネルギーをうまくつかえるようにするのか。
方向付けは現実に「できること」からはじまります。
その人にとって何の葛藤もなく行えること。努力や、訓練や、理想無しに素直に正直に行えること。
「できること」が、自然に「でて、くる」と欲求ではなく「やれること」に変化します。

2009.3.27金曜日
「心を深める」
心は目に見えません。しかし存在は自覚出来ます。
人間の動きそのものが心です。動きですから、観察することが出来ます。
まず心とはなんだろうかと、問いを始めてみましょう。
問いに本気で、体全体で、耳を傾けてみる。
「きくこと」の重要さが動きを追う中で、あらわれます。

2009.3.11水曜日
「経験」
経験というものはときに生きていくことの障害になります。
経験はいつも過去のものですが、それに依存すると、どんどんかたくなっていくのです。
いつも挑戦し続ける人には常に新しい課題と対応が求められ、刻々と動いて活き活きとしています。
全く未知なものとともに生きていくことが学ぶことだと思います。

2009.3.5木曜日
「あきらめる」
あきらめるという方法は体を守る作用です。
それまでの心や体が本当の力以上にエネルギーを使おうとすると、あらわれるものです。
その人らしいエネルギーの発散があればあきらめはありませんが、余裕をなくすような不都合さを、生きる事は嫌います。
「あきらめ」のなかには「空き」、つまり空白が存在します。
空白が出来たら、そのときが本当の力の方向が見えるときです。

2009.2.11水曜日
「変化」
整体がすすむと体におこる変化が早く現れます。
実は体は刻々変化し続けているのですが、意識が気付くまで時差あるのです。
それが、体の感覚を常に意識し行動する事で時差が短くなります。
結果回復に時間がかかっていた体も疲労を感じた時点で即時に修復しようとする動きが起こり、症状も短くそして軽くなります。
その日の疲れはその日のうちに。もっとすすめば、一瞬の疲れは一瞬のうちに。今が大切です。

2009.1.18日曜日
「ぜんぶになる」
全ての行動、行為を体丸ごと受け止め、丸ごと表現出来る様にこころとからだをつかう。
そのための使い方を創意工夫していくのが整体です。
話を聞くのは、耳という感覚器官だけではありません。全てが聞いています。体の細胞全てで見て聞いて感じています。
全部になるきるのです。食べるになる、観るになる、しっかりなりきる。
行動行為が充実してくると、丈夫がやって来ます。不十分を捨てていきましょう。

2009.1.11日曜日
「話す、は放す」
頭の中のことを外に出して、他者に理解してもらうのはなかなか技術のいる仕事です。
話す行為は、言葉をどのように使っているかで伝わり方が全く違ってしまいます。
言語表現のすばらしさは、言葉自身に意味を残さないところにあると思います。
「はなす」という言葉には様々な状態がふくまれていますが、「話す、は放すである。」と、つい最近気づきました。
言葉のもとをさかのぼっていけば、もっと物事が分かりやすくなるのではないかな、と感じます。

2008.12.7日曜日
「抵抗というエネルギー」
活動するエネルギーは常にある方向を持って動いています。
やりたいことができない。やりたくないことをしなくてはならない。どちらも欲求に対しての抵抗です。
欲求に目を向けるのではなく、抵抗をつくっているエネルギーに注意してみましょう。
そのエネルギーがどこからやってくるのかを見続けていくと変化が起きます。

2008.11.14金曜日
「何度でも」
伝えたいことは何度でも話すようにしています。そして聞いたことがある話でも何度でも聞くようにしています。
話す内容が重要ではなく、聞くこと、話すこと自体が大事です。
その度ごとに理解することが違いますから、実は同じ話、というものはないのです。
繰り返すこともまた、そこに理解しようという意識があれば、違う意味と効果が生まれて来ます。
日々継続して力を生む。コミュニケーションはいつも新しくありたいです。

2008.11.7金曜日
「視覚と聴覚」
ひとは見たいもの、聞きたいものしか受け取りません。聞こえてくるもの、見えてくるものに反応しやすいのです。
どのようにものを見ているのか、どのように音を聞いているのか。受け取り方で、理解の違いが多彩になります。
私は視覚的、特に動きをまず受け入れてしまいます。無意識だと音にたいしての関心がうすく、会話など視覚が優先しているときは全く記憶から抜け落ちていることも。
それに対して、家人はまず音に反応しているようです。彼は無意識にリズムを取っていたり、会話も間を大切にしますし、よく記憶しています。
しかし、その時の環境や、相手の服装など、視覚的なことは記憶にないときがあるのです。
状況察知を視覚的にとらえているか、聴覚的にとらえているか、考え方も違いが明らかにありますので、どうぞ確認してみて下さい。

2008.10.13月曜日
「問いと答え」
なぜ、どうしてだろうと自分の中から疑問が出たとき、その問い自体を育てていきましょう。
問いが成長していくとその中から答えの種が産まれ、それが成長すると、理解が生まれます。理解が成長していくと...。
成長していく時間が生きることのような気がします.

2008.9.13土曜日
「成長はつづく」
生き物は死ぬまで成長し続けます。
環境に対してどう対処して生き抜こうかと言う知恵は、体の構造をいくらでも変えていく力になります。
動物として生まれた以上、自分が動く事でおこる体と環境の変化を感じとり、行動すること。
何か変化を感じなくなっている状態がもしあるようなら、自分が動物である自覚をもちましょう。動きがなくなることが死ぬことです。

2008.8.27 水曜日
「あまいはおいしい」
味覚は体の要求にとても正直です。必要を感じて食べたくなるものは体にとって一番栄養になります。
一人一人それぞれに必要な栄養は違います。どんなに偏っているようでも、美味しく感じられれば、栄養になるのです。
そして甘く感じられる、という感覚はとても大切です。やさいがあまい、水もあまい、塩でさえ甘味を感じるときがある。
あまい、はうまい、なのです。うまいあいだは水でさえ体の栄養になります。栄養は自分の体の状態が決めるのです。

2008.8.18月曜日
「動きの中から」
動作の中から変化を読みとると、一人一人独特な動きを持っている事がわかります。
とっさの動作、感情による変化、生理的な物。速度も重要です。
話し方や、声の高さなども体力によってとても変化していますし、ドアを閉める力加減さえやり過ぎたり、足りなかったり。
体の不調は色んな理由がある事がよくわかります。独特な動きの中に、元気な力を見つけて行くのが整体です。

2008.8.8 水曜日
「観察する」
整体を行う為に必要なこと。それは「観察」です。注意してみること。
観察を続けていく事自体で理解出来ることが増えていきます。しかも無理なくです。
しかし注意してみるためには、じっくりと腰を据える力がいるのです。
この力は意識的に呼吸を行うこと、整えることで、養われていきます。呼吸はとてもたいせつです。

2008.8.3 日曜日
「伝わらないこと。がある」
整体を生き方としてとらえはじめてから、ずいぶん考え方が楽に、単純になりました。
そして、人に対しても、思い込みのようなものがなくなって来ている気がします。
同じ人間という生き物であっても、環境や社会構造で、全く違った生き方をしています。
当たり前など、存在しない。伝わらないこと。がある、という事実にきづくのです。
この伝わらない事実に対してどうしたら伝わる様になるのか、伝えるようにするのか、方法を考えるのです。
考える、という行為はこういうことなのかなあ、と最近感じはじめています。

2008.7.30 水曜日
「甘やかすことと大事にすること」
自分を甘やかすことはあっても大事にすることは見落としがちです。
大事にすることを本気で行うと、甘やかす暇もなくなると思うのですがなかなかむずかしい。
まずは、全ての出来事を大事に思うところからはじめようとおもいます。